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発掘調査!河後森城

印刷用ページを表示する 掲載日:2010年10月5日更新

 河後森城跡の本格的な発掘調査は、平成3年度からはじまりました。これまでの調査では、城の稜線部に展開する曲輪(くるわ)を中心に発掘を行い、多くの遺構や遺物を確認しています。

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 上の写真は、西第十曲輪での発掘調査の様子です。曲輪上では岩盤をくりぬいた多数のまるい穴の跡がみつかっています。これらは、当時の建物や門、土塀などをつくるために用いられた柱穴跡だと考えられます。本郭や古城など他の曲輪でも同様に多数の柱穴跡がみつかっています。

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 本郭(ほんかく)の西隣にある西第二曲輪南部で検出した堀切の跡です。底が平らになった形状で、その西側では、道の跡や門のような施設を検出しています。通路として使用された可能性があります。

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 風呂ヶ谷(ふろがたに)の発掘調査では、1基の井戸跡を確認しています。山側は岩盤を円形に削り、谷側は石を積んでいます。斜面から流れてくる山水をせき止めて溜める仕組みの井戸です。深さは約2mあります。

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 本郭の南側で検出した道の跡です。山の斜面の岩盤を削って平らにし、上面には階段状の足がかりを設けていました。道幅は1.5~2.5m程度です。ここを登り、さらに右に折れると本郭に到着します。

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 本郭の西側で検出した石垣の様子です。河後森城の中心となる時期は中世ですが、この石垣は近世初頭段階のもので、城の最終段階に設けられました。南側にも同じような石垣が残っており、本郭の地点に限っては周囲に石垣が設けられていたようです。

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 発掘調査では、上の写真のような出土品も発見しており、土器や陶磁器、瓦などがその大多数を占めています。これらはおおよそ15~17世紀初頭の時期に及ぶもので、当時の城で行われた暮らしや戦いの様子を知ることができる貴重な資料となっています。

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