平成22年度
3月
さゝがにの壁に凝る夜や弥生藎
鑑賞・解説
大正15年6月「天の川」巻頭の句です。「ささがに」とは蜘蛛のことです。「弥生藎」とは「弥生尽」つまり春の尽きる(終わる)頃のことを差します。春は植物が芽吹き、動物たちも動き出す明るい雰囲気もありますが、反面その終わりには物寂しさを感じます。
この句は春の終わりの夜、壁に蜘蛛が取りついている様子を詠んだ句です。手足の長い蜘蛛が壁にじっと張り付いている様は一種不気味ではありますが、それがかえって晩春の物寂しさと行く春を惜しむ心情に通じています。
参考文献:不器男の一句(松野町教育委員会発行)
2月
凩や倒れざまにも三つ星座
鑑賞・解説
昭和2年1月「天の川」巻頭の句です。 三つ星座とはオリオン座のこと。オリオン座を構成する星は大きく明るい星が多いため夜空でも比較的見つけやすく特に有名な星座です。「オリオン座」では見えない星が「三つ星座」とすることで一つ一つ鮮明に浮かび上がります。「倒れざまにも」が凩の強さをより強調し、冬の夜の寂寥感、不安感を感じさせます。
参考文献:不器男の一句(松野町教育委員会発行)
1月
雪融くる苔ぞ楉ぞ山始 (ゆきとくるこけぞしもとぞやまはじめ)
鑑賞・解説
昭和3年2月「天の川」巻頭の句です。「山始(やまはじめ)」とは新年最初に山仕事を始めることをいいます。お酒やお米、餅などのお供え物を供え、1年間の作業の無事を祈ります。時期や方法に若干の違いはありますが全国的に昔から行われてきた習わしのようです。「楉(しもと)とは木の枝や幹から伸びた細い枝、差し交わした小枝のことを指します。
降り積もった雪が融け、楉を伝い流れている様子が浮かび上がります。薪を作るための山仕事でしょうか。「苔ぞ楉ぞ」リズムよくたたみかけることで、山仕事に向かう人々の意気込みが伝わってきます。
参考文献:不器男の一句(松野町教育委員会発行)
12月
大年やおのづからなる梁響
鑑賞・解説
昭和2年3月「天の川」巻頭の1句です。「大年」とは「大晦日」のこと。1年の汚れを払い、新年を迎える準備に家中が忙しい1日です。
夜になり昼間の忙しさも一段落した頃、不器男生家の天井にどっしりと横たわる巨大な梁が突然めりっという音をたてて鳴ります。不器男は自室で読書中でしょうか。
大晦日という特殊な時の移り変わりの中で、しんと静まり返った空間に梁の鳴る音をとらえた1句です。

参考文献:不器男の一句(松野町教育委員会発行)
11月
柿もぐや殊にもろ手の山落暉(やまらっき)
鑑賞・解説
大正15年1月「天の川」巻頭の句です。「落暉(らっき)」とは落日のこと。「もろ手」とは両方の手。山峡の夕日に照らされた柿を両手でもぐ様子が浮かびます。柿をもいでいるのは女性でしょうか。バックには秋の真っ赤な夕日が沈んでいきます。
夕日に映える柿の実とそこに添えられた白く柔らかい両腕に焦点を当てて独特の雰囲気を醸し出しています。また、「夕日」とせず「落暉」としたことで光彩がより鮮やかに感じられます。
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参考文献:不器男の一句(松野町教育委員会発行)
10月
川蟹の白きむくろや秋磧
鑑賞・解説
大正15年10月「天の川」巻頭の句です。松野町には清流四万十川の支流である広見川(ひろみがわ)が町内を大きく蛇行して流れています。川にはこの句にでてくる川蟹も多く生息しています。川蟹は昼間は草や石の陰に潜み夜になると活動を開始します。
秋が深まると水位が下がり、川の瀬に石磧が広がったのでしょう。磧を歩いていると、水にさらされ風にさらされ、日に焼かれて色褪せた川蟹の死骸が目に留まった、そんな様子を詠んだ句です。
蟹のむくろがある磧の石も水分がなく乾いています。また、秋が深まるにつれ気温が下がるだけでなく、日が短くなり空気も澄んで乾いてきます。そういった季節感と死骸となって磧に転がっている川蟹とが重なり、むなしさ、わびしさを感じさせます。
参考文献:不器男の一句(松野町教育委員会発行)
9月
蝉時雨つくつく法師聞こえそめぬ
鑑賞・解説
昭和4年10月「天の川」巻頭の句です。不器男は同年9月には九州帝大附属病院に入院しており、この句は在郷最後のもので病床で詠んだものと思われます。
蝉時雨とは、多くの蝉が一斉に鳴く様子を時雨の降る音に見立てた言葉。中でもツクツクボウシは他の蝉に比べて特徴的な鳴き方をするため、蝉が少なくなる晩夏になると鳴き声が目立って聞こえます。
暑いさなかには耳障りにもとれる蝉の鳴き声ですが、この時の不器男は病床で毎日耳にしている蝉時雨のなかにツクツクボウシの声があることを聞き分けたのでしょう。盛夏から晩夏へ季節の移り変わりとともに自らの病状の回復を願ったのかもしれません。

参考文献:不器男の一句(松野町教育委員会発行)
8月
月雲をいづれば燃ゆる蚊遣(かやり)かな
鑑賞・解説
昭和2年10月「天の川」巻頭の句です。夏、暑さのほかに私たちを悩ませる存在といえば「蚊」ではないでしょうか。現在では蚊取線香や電気蚊取器が普及していますが不器男の生きた時代には蚊遣(かやり)が活躍していました。蚊遣とは、蚊やブヨなどの害虫を追い払うための道具で火鉢などに、半乾きの草(ヨモギ等)を乗せます。出てきた煙で害虫を追い払うのです。蚊帳とともに昔ながらの夏の実用的風物詩といえるでしょう。
この句で不器男は蚊遣を月雲と取り合わせています。夜空を眺めていると、雲に隠れていた月が顔を出した、ふと蚊遣りに目を移すと煙の底から炎となって燃え始めた、あたかも月が誘いだしたように感じられたというのです。月雲と蚊遣、自然と生活の取り合わせに不器男の感性を感じます。
参考文献:不器男の一句(松野町教育委員会発行)
7月
澤の邊に童と居りて蜘蛛合(くもあわせ)
鑑賞・解説
昭和2年8月「天の川」掲載の句です。不器男は子どもと遊ぶことが好きでした。姪と実家近くの河後森城跡に登ったり、近所の子どもたちを連れて水泳や登山を楽しんだエピソードが残っています。この句もそういった日々の一場面を詠んだものでしょう。つかまえてきた蜘蛛を木の枝の端と端にとまらせ、中央に追いやります。2匹の蜘蛛は長い手足で探り合いながら取っ組み合って戦いどちらかが糸を伝って棒から垂れ下がったり、相手の糸に巻き込まれると勝敗が決まります。
不器男も子どもたちと一緒に蜘蛛合わせを楽しんだのでしょうか。彼らを見る不器男の温かいまなざしを感じる一句です。
参考文献:不器男の一句(松野町教育委員会発行)
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